第二 個人所得税制について
1.所得税と住民税のあり方
所得税および住民税は、国と地方自治体の基幹税なので、国民に広く公平に負担されることが望まれます。しかし、その内容を見ると欠陥が多く、基幹税としての地位を低下させてきました。長期的に見ると、所得税の税収が減収の一途をたどっています。わが国の所得税は、対国民所得比や、諸外国に比べても負担割合が低く、このため、現在就業者のうち5人に1人は所得税を納めていない「税の空洞化」現象が起きています。最近は雇用形態も変化して、就業者統計には現れないフリーターやパラサイト・シングルが増加しているので、実際の非納税者の数はもっと多いかもしれません。他方、高額所得者を狙い打ちにして高率な所得課税を行うと、法人と同様に富裕層が海外へ逃げ出すかもしれません。
平成18年度改正では、地方分権推進の三位一体改革の中で、所得税から住民税(国から地方)への税源移譲(税金の移し替え)が行われ、所得税の税率区分は4段階から6段階に、個人住民税は3段階から一律10%の比例税率となりました。
今回の国から地方への税源移譲に伴う税率構造の改正で、国の所得税は、各人が担税力に応じて負担する応能税、一方、地方の個人住民税は、行政サービスの対価としての応益税の性格が強まります。特に、地方税は応益原則が一層強くなったのですから、行政サービスへのタダ乗りを防ぐ目的や税負担の歪みを正すという意味で、個人住民税の均等割(市町村民税年額3,000円、道府県民税年額1,000円)の引き上げがさらに必要になるでしょう。
【参 考】
(1) 地方税を含めた所得課税負担率(対国民所得比)の国際比較(財務省資料)
日本 7.7%、アメリカ 12.5%、イギリス 13.7%、ドイツ 11.6%、フランス 10.5%
*数値は2009年1月現在の税法による。日本は平成21年度当初予算ベース
(2) 個人住民税の税収見込み(総務省資料)
平成18年度 86,291億円(均等割 2,207億円、所得割 84,084億円)
平成19年度 121,339億円(均等割 2,349億円、所得割118,990億円)
平成20年度 126,176億円(均等割 2,383億円、所得割119,457億円)
(注)平成18年度改正で3兆円の税源移譲が行われた。
2.各種控除制度の整理合理化
所得税には、各種控除制度が設けられており、税制をより一層、複雑なものにしています。現在の所得税制は、戦後のシャウプ勧告により、わが国税制の基幹税としてできあがったものです。その後、大きな経済社会の変化の中で、さまざまな形で改革の手が加えられ、現在に至っています。所得控除は、納税者の家族構成や経済状況など、さまざまな特性を考慮して、担税力の調整を行うために手取りの所得から差し引かれます。そこで、特定の所得控除の額や数が大きくなる程、所得税の課税ベースは狭くなり、税負担の不公平を助長して歪みを発生させます。
現在、所得控除の数は合計で20を上回ります。シャウプ勧告当時は5ないし6程度でしたから、もう一度税制の原点に立ち還って見直す必要があります。制度創設当時の意義が失われている控除は廃止し、基礎的な人的控除に集約するなど簡素化が必要です。
この他、最近問題となっているのは、給与所得控除の存在です。給与所得控除とは、資産所得や事業所得と比べて、担税力の小さい給与所得について、何らかの調整が必要という観点から設けられた、わが国独特の制度です。現在の給与所得控除は、年収300万円の場合は108万円、500万円で154万円、1,000万円で220万円が所得控除されます。平均で収入金額の3分の1が所得控除されるのでは余りに手厚すぎると批判の声も上がっています。
給与所得者が特定の支出をした場合、控除を受けられる特定支出控除の拡大と併せて、給与所得控除のあり方を再検討する必要があるでしょう。
昭和62年の税制の抜本改革の中では、給与所得控除について「勤務に伴って支出する費用を概算的に控除することのほか、他の所得との負担の調整を図ることを主眼として設けられる」と記されています。しかし、就業者に占めるサラリーマンの割合が80%程度になっている現在、「他の所得との調整」という観点が妥当かどうか、大いに疑問があります。給与に比例して、控除額が拡大する部分については、縮小の方向で見直す必要があるでしょう。
3.少子化対策
日本の将来人口は2005年から減少を始め、このままの状況で推移すると2100年の人口は6,400万人とほぼ半減するとみられています。
今後も経済成長を続けるためには、労働力の確保こそ重要な要素となります。その意味で、人口の急激な減少は是非とも避けなくてはいけません。
生まれてくる子供たちが勤労者世代の仲間入りをするまでには、20‐25年位かかります。少子化対策は、国を挙げて取り組まなくてはいけない緊急の課題です。
もちろん、少子化対策は家族のあり方や保育所の充実等の生活環境設備等、社会政策として行政の果たす役割が重要ですが、それらを側面からバックアップするための税制面からの配慮が必要です。
例えば、児童に対する税額控除方式の創設やフランスで第二次大戦の人口減少に対応するために導入された課税単位としてN分N乗方式の導入、あるいは、アメリカやカナダ等で行われている給付付き税額控除の導入も検討すべきでしょう。
【参 考】N分N乗方式
課税単位を家族単位とし、家族の所得を家族の人員で分割し、その分割後の所得に累進税率を適用
し、その税額を合計します。子どもが多いほど税率が低くなり、税負担が軽くなります。これを有効に
するには、累進税率の刻みを工夫する必要があります。
【参 考】給付付き税額控除
減税と給付を組み合わせて低所得者や子育て世帯などを支援する仕組み。所得が低く所得税(国税)
や個人住民税(地方税)が免除されている世帯にはお金を給付し、一定額以上の所得税などが課さ
れている世帯には、減税と給付を組み合わせて支援します。減税は計算上の税額から一定額を差し
引く税額控除方式を取ります。所得制限以上の中・高所得世帯は対象に入りません。
いずれも税務署が所得や家族構成などを把握する必要がありますが、税務署は所得税を納めていな
い所得者(夫婦・子供2人の世帯で年収325万円未満)の情報を持っていません。そこで、社会保険事
務所や地方自治体から情報提供を受ける必要があります。さらに制度の公正な実行のためには、給
付対象者の所得や保有資産を正確に把握する必要があります。
4.金融所得一体課税
今回の世界同時不況を見ても分かる通り、良くも悪くも経済の中で金融の果たす役割は地球規模で高まっています。しかし、税制面から見ると、こうした金融取引に対する課税は、目まぐるしい環境変化に対応できていません。
サブプライム・ショックに端を発したアメリカ発金融危機は、行き過ぎた規制緩和がもたらした副産物と言えますが、ニューヨーク市場のダウ平均株価や東京証券取引所の株式市況を見ても、金融取引の活性化こそが経済活性化につながる時代に突入しています。
今必要なのは、金融取引を活性化させる税制、言い換えると、金融取引・商品について差別をつけずに総合的に低税率で課税するという金融一体課税の考え方です。
現在の所得税制では、所得の発生形態によって10種類の所得分類を行っています。金融一体課税を実行するためには、この所得10分類を整理・統合する必要があります。その他、金融所得間の損益通算や課税繰り延べも検討しなくてはいけません。平成20年度税制改正では、上場株式の譲渡損失と配当所得の損益通算が可能となる特例措置が創設されましたが、それだけでは充分とは言えません。例えば、預貯金の利子との損益通算ができると、投資家にとっては便利となります。
経済活性化の観点から預貯金、株式、商品取引等の幅広い金融商品を対象にした課税方式に改め、金融所得を他の所得と分離して課税する金融一体課税を早期に実現すべきです。
5.納税者番号制度
最近、わたくしたちの生活の中で各種カードが普及し、これに伴ってカード番号の利用が一般的になってきています。政府の方も各種番号制について検討を進めてきました。しかし、この制度は国民総背番号制につながるだけにプライバシー保護の点あるいは費用便益の点から、検討すべき課題が多いのも事実です。一方、行政の情報化というのは時代の要請でもあり、その導入について早急に考えるべきです。
事実、納税者番号制度をめぐる環境は近年大きく変化してきました。1987年1月から社会保険庁による基礎年金番号制度が実施され、さらに2002年から住民票コードという番号を用いた住民基本台帳ネットワーク・システムが導入・実施されました。
次の焦点としては、仮に納税者番号制度を導入するとした場合、既存の年金番号制度か住民基本台帳方式のどちらの利用が望ましいのかという点が問題になります。
他の主要先進国の例を見ると、スウェーデンやデンマークなどは住民登録制度を利用しています。これは住民基本台帳に基づくだけに、国民総背番号と同じような個人情報制度で社会保障、税務、自動車登録など広範囲に利用されています。韓国やシンガポールもこの例に属しています。これに対し、アメリカやカナダでは社会保障または社会保険番号が用いられ、その導入後に納税者番号としても利用されるようになり、利用範囲は行政の各分野に及んでいます。さらに、第三のタイプとして、イタリアやオーストラリアのように納税者番号そのものが存在するケースもあります。税務のほか、医療や社会保障に関する業務にも用いられています。
このように、方式の違いは別として主要先進国ではどこでも何らかの形で納税のための番号制度を採用しています。それに引きかえ、日本では役所のタテ割り行政の弊害で同じような番号制度を2種類持っています。関係者は使用目的が違うからと言うかもしれませんが、国家的に見ると、屋上屋を重ねた行政の無駄の典型です。
費用の点から見ると、自治省(現在は総務省)の試算では、住基ネットの場合、システム稼動までに要する費用として384億円、システム稼働後、毎年要する費用として198億円を計上しています。
ですから、早急にどちらかに制度を統合して、国民が使いやすい、タテ割り行政を廃止した効率的なシステム作りが是非とも必要になります。現行の2制度を比較すると、年金番号の場合、未加入者や未成年者がもれてしまいます。番号制度としては、出生児に付番する住民基本台帳番号の方が精度が高いと言えましょう。
今後、少子高齢化社会では、国民背番号制度は単なる課税目的だけでなく、社会福祉、年金、少子化政策にも広く利用価値があります。前に述べた少子化対策のための給付付き税額控除導入にも必要条件となります。また、金融サービスへの利用も可能となります。
毎年、システムの運営費として数百億円もの金がかかるのですから、早急に効率的な納税者背番号制を導入して、プライバシー保護のための法整備を行うべきです。