総 論
第一 経済社会の今後のあるべき姿
日本経済社会の変貌する姿が、はっきりと分かるようになってきました。その中でも最大の問題はやはり人口の高齢化でしょう。また、同時に少子化の現象もクローズアップされてきました。こうした中では、過去の成功体験等が全く通用しないことになるのです。
日本の人口は2004年の1億2,779万人をピークに、2100年には6,400万人とほぼ半減すると言われています。それに伴い、総人口に占める65歳以上の割合(高齢化率)が急速に上昇すると見込まれています。日本の高齢化率は2008年で22.1%、2025年には28.7%、2050年には35.7%に上昇します。
そして、日本経済にとって最大の問題は、15歳から64歳までの生産年齢人口(いわゆる現役世代)が、今後、急ピッチで減少していくことなのです。
こうした現役世代は、労働によって日本経済に貢献し、保険料を支払って高齢者の年金や医療、介護を支えてくれる人たちです。日本の生産年齢人口は、1995年の約8,700万人をピークに減少し、2010年には8,100万人、2030年には約6,700万人とピーク時から2,000万人も消失すると見られています。そして40年後の2050年には約4,900万人と、戦後すぐの1950年の水準に戻ってしまうのです。
現役世代と高齢者の比率を見ると、現在、現役世代(15-64歳)約3人で1人の高齢者を支えている状態が、2025年には1.8人で1人の高齢者を支えなくてはいけない状態になります。
人口の高齢化は、経済活動全体の活性化を停滞あるいは失わせる半面、公的医療、年金制度に対する財政需要は、制度を手直しするとしても、大幅な増大は避けられません。こうした前提のもとで、ある程度納得のいく社会福祉水準を維持する場合、国民はどのような形でそのコストを負担すべきかが問われてくることになります。税金か社会保障負担か。税金の場合、所得税等の直接税あるいは消費税等の間接税のどちらにウェートを置くべきか。まさに問題が山積しているのです。
ところで、日本の社会保障制度は、年金、医療保険、介護保険等全てが、高齢者が使う費用をその時の若い現役層が保険料や税で負担する財源方式(これを賦課方式と呼びます)をとっています。こうした制度は、かつての高度成長時代にその原型が作られたため、若い労働力があふれ、経済が高成長によって分け前が増えていくことを前提とした仕組みになっています。経済が右肩上がりで、若者の数が増加している時代は安泰でしたが、現在は全く逆の状態です。このままの状態では、国民皆保険・皆年金といった制度は破綻してしまいます。
こうした中で、政府は財制運営戦略を発表し、「強い経済、強い財政、強い社会保障を一体的に実現する」と宣言していますが、どのような方法で実現するのか等の具体策には触れていません。国の借金は現在900兆円を超え、国内総生産(GDP)の約1.9倍ありますが、政府の新目標では、@国・地方を合わせた基礎的財政収支赤字を対GDP比で2020年度までに黒字化 A債務残高対GDP比を21年度から引き下げる―の二本柱を掲げています。しかし、問題はその道筋です。一定の経済前提による試算によると、20年度の赤字は21.7兆円で、本年度赤字30.8兆円の半減にもなりません。財政赤字を黒字化しなければ、債務残高は低下しません。
予算増加の典型的な事例は、社会保障費です。来年度予算編成で、社会保障費は本年度の27.3兆円から28.6兆円と高齢化に伴う自然増で1.3兆円増えます。これに子ども手当や高校授業無償化等の政権公約を盛り込むのですから、財政赤字は膨らむばかりです。
お金は天から降ってくるものではありません。最後は国民に負担増となって跳ね返ってくるのです。そこで、一国全体の経済規模を表す国民所得に対する税金・社会保障負担の比率が重要になってきます。この比率を国民負担率と呼んでいます。
国民負担率の国際比較を試みると、高い順から次の通りとなります。スウェーデン70.7%、フランス62.2%、ドイツ51.7%、イギリス48.3%、日本40.1%、アメリカ34.5%。政府依存型のスウェーデンと自助努力型のアメリカが対極に位置しています。日本はどちらかというとアメリカに近い数字です。しかし、1970年当時を見ると、日本の国民負担率は24.3%でアメリカの34.5%と比較しても低かったのです。この約40年間にアメリカの国民負担率が上昇していないのに日本は16%も上昇しています。
さて、将来、日本の国民負担率はどこまで上昇するのでしょうか。一見すると、アメリカに近いのであまり上昇しないように見えますが、それは間違いです。日本の社会福祉制度は国民皆保険、皆年金に象徴されるように、既に西欧型のシステムになっています。アメリカの自助努力型に比べると、明らかに違うのです。今後、人口の高齢化に伴って、公約医療、年金制度を現行のまま続けると、国民負担率が50%をかなり上回るのはごく自然の成り行きと言っても過言ではありません。
一般に国民負担率の上昇は、日本経済の活力を低下させ、成長を大きく阻害すると考えられます。ですから、国民負担率を将来50%程度に抑えるという国民的合意は制度の合理化等で死守しなければいけません。
第二 個人所得税制について
1.所得税と住民税のあり方
所得税は、俗に「税金の王様」と言われています。その理由は、今日世界の主要先進国で所得税は単一の税金として最大の収入を上げているからです。しかし、わが国の現状を見ると、所得税の内容には欠陥が多く、基幹税としての地位を低下させてきました。近年、所得税の税収は減収の一途をたどり、対国民所得や諸外国に比べ負担割合が低下しています。もちろん、景気の低迷やデフレ等の外部要因も影響していますが、構造的な原因が大きいのです。所得税は、国民各層に広く薄く負担を求めるのが本来の趣旨ですが、現在、就業者のうち5人に1人は税金を納めていない「税の空洞化」現象が起きています。一部の層だけに課税がしわ寄せされるのでは、とても公平な負担とは言えません。
政府は、来年度税制改正で所得税の最高税率を40%から50%に引き上げる検討をしていると言われますが、所得税の最高税率(地方税を含めると50%)は国際的に見ても高い水準にあり、高税率は労働意欲を失わせ、高額所得者は法人と同様、海外へ逃避してしまうかもしれません。
次に制度面について触れますと、平成18年度改正で、地方分権推進の観点から、所得税(国税)から住民税(地方税)への税源移譲(税金の移し替え)が行われ、所得税の税率区分は4段階から6段階、個人住民税は3段階から一律10%に変わりました。その趣旨は、国の所得税は累進税率によって高所得者ほど負担が重く、低所得者の負担を軽くする仕組みにして社会的な公平を保つ。他方、地方の住民税は、あくまで各種行政サービスの対価を住民で出し合うのが本来の姿だから、一律の税率にして各個人に対して公平に負担させるというものです。
その意味からすると、個人住民税の均等割(市町村民税年額3,000円、道府県民税年額1,000円)の引き上げは、行政への住民参加の観点からも必要となります。
【参 考】
(1) 地方税を含めた所得課税負担割合(対国民所得比)の国際比較(財務省資料)
日本 7.2%、アメリカ 13.1%、イギリス 13.9%、ドイツ 12.1%
、
フランス 10.0%
*日本は平成22年度当初予算ベース、諸外国は2007年の数値。
(2) 個人住民税の税収見込み(総務省資料)
平成19年度 121,339億円(均等割 2,349億円、所得割118,990億円)
平成20年度 126,176億円(均等割 2,383億円、所得割119,457億円)
平成21年度 126,402億円(均等割 2,422億円、所得割119,882億円)
2.各種控除制度の整理合理化
所得に対する税の負担が重いかどうかを調べるためには、2つの方法があります。一つは、税率の水準がどの程度かということ、そしてもう一つは、どの範囲の所得が課税されているかという課税ベース(課税所得)の大きさを比べることです。
ですから、所得税で仮にある一定額を徴収するとして「広い課税ベースと低い税率」か「狭い課税ベースと高い税率」かという2つの選択肢があり得ます。どちらの方が経済、社会にとって望ましいかは明らかです。同じ所得を稼いでも、前者の場合は税率が低く手取り所得は多いのですが、後者の場合は税率が高いので手取り所得は少ないのです。
さて、日本の所得税の現状は、3つの基本的な人的控除(基礎、配偶者、扶養)に各38万円ずつを認めています。さらに、納税者の個人的な事情を考慮して、特別な人的控除(障害者、老齢者、寡婦(夫)、勤労学生)が設けられています。こうした人的控除に加え、きめ細かい所得控除が数多く決められています。
日本の所得控除制度の最大の欠陥は、雑多な諸控除が数多く認められ過ぎているという点にあります。不必要な所得控除が多過ぎることは、特定の納税者だけが利用できる抜け穴が存在し、課税ベースを狭くして税の不公平を助長しているということです。この際、不必要な控除は廃止して、基礎的な人的控除に統合する必要があるでしょう。
次に問題となるのは給与所得者の経費の取り扱いです。日本では、給与所得控除という概算控除制度の下で、給与に応じて控除額が増加する仕組みで、平均で収入金額の3割程度が所得控除されています。例えば、給与収入が500万円の場合、給与所得控除の額は収入の30.8%にあたる154万円になります。このように、日本で給与所得控除の水準が高い理由は、サラリーマンの経費的部分に加えて、事業所得等他の所得等の調整という要素が加わっているためです。
ちなみに、諸外国の例を見ると、米国では給与所得者の必要経費について、自主申告制度の下で、概算控除か実額控除(実際の経費を控除)を選択するシステムを取っています。しかし、概算控除の水準は、日本に比べ非常に低い水準になっています。ドイツ、フランス等でも同様です。
そこで、給与所得者が特定の支出をした場合、控除を受けられる特定支出控除の拡大と併せ、給与所得控除のあり方を再検討する必要があるでしょう。
3.少子化対策
日本の将来人口は2005年から減少を始め、このままの状況で推移すると2100年の人口は6,400万人とほぼ半減するとみられています。
今後も経済成長を続けるためには、労働力の確保こそ重要な要素となります。その意味で、人口の急激な減少は是非とも避けなくてはいけません。
生まれてくる子供たちが勤労者世代の仲間入りをするまでには、20‐25年位かかります。少子化対策は、国を挙げて取り組まなくてはいけない緊急の課題です。
もちろん、少子化対策は家族のあり方や保育所の充実等の生活環境設備等、社会政策として行政の果たす役割が重要ですが、それらを側面からバックアップするための税制面からの配慮が必要です。
例えば、児童に対する税額控除方式の創設やフランスで第二次大戦の人口減少に対応するために導入された課税単位としてN分N乗方式の導入を検討すべきでしょう。
【参 考】N分N乗方式
課税単位を家族単位とし、家族の所得を家族の人員で分割し、その分割後の所得に累進税率を適用
し、その税額を合計します。子どもが多いほど税率が低くなり、税負担が軽くなります。これを有効に
するには、累進税率の刻みを工夫する必要があります。
4.金融所得一体課税
近年の金融バブルの崩壊等を見ても分かる通り、良くも悪くも経済の中で金融の果たす役割は地球規模で高まっています。しかし、税制面から見ると、こうした金融取引に対する課税は、目まぐるしい環境変化に対応できていません。
サブプライム・ショックに端を発したアメリカ発金融危機は、行き過ぎた規制緩和がもたらした副産物と言えますが、ニューヨーク市場のダウ平均株価や東京証券取引所の株式市況を見ても、金融取引の活性化こそが経済活性化につながる時代に突入しています。
今必要なのは、金融取引を活性化させる税制、言い換えると、金融取引・商品について差別をつけずに総合的に低税率で課税するという金融一体課税の考え方です。
現在の所得税制では、所得の発生形態によって10種類の所得分類を行っています。金融一体課税を実行するためには、この所得10分類を整理・統合する必要があります。その他、金融所得間の損益通算や課税繰り延べも検討しなくてはいけません。平成20年度税制改正では、上場株式の譲渡損失と配当所得の損益通算が可能となる特例措置が創設されましたが、それだけでは充分とは言えません。例えば、預貯金の利子との損益通算ができると、投資家にとっては便利となります。
経済活性化の観点から預貯金、株式、商品取引等の幅広い金融商品を対象にした課税方式に改め、金融所得を他の所得と分離して課税する金融一体課税を早期に実現すべきです。
5.納税者番号制度
最近、わたくしたちの生活の中で各種カードが普及し、これに伴ってカード番号の利用が一般的になってきています。政府の方も各種番号制について検討を進めてきました。しかし、この制度は国民総背番号制につながるだけにプライバシー保護の点あるいは費用便益の点から、検討すべき課題が多いのも事実です。一方、行政の情報化というのは時代の要請でもあり、その導入について早急に考えるべきです。
事実、納税者番号制度をめぐる環境は近年大きく変化してきました。1987年1月から社会保険庁による基礎年金番号制度が実施され、さらに2002年から住民票コードという番号を用いた住民基本台帳ネットワーク・システムが導入・実施されました。次の焦点としては、仮に納税者番号制度を導入するとした場合、既存の年金番号制度か住民基本台帳方式のどちらの利用が望ましいのかという点が問題になります。
他の主要先進国の例を見ると、スウェーデンやデンマークなどは住民登録制度を利用しています。これは住民基本台帳に基づくだけに、国民総背番号と同じような個人情報制度で社会保障、税務、自動車登録など広範囲に利用されています。韓国やシンガポールもこの例に属しています。これに対し、アメリカやカナダでは社会保障または社会保険番号が用いられ、その導入後に納税者番号としても利用されるようになり、利用範囲は行政の各分野に及んでいます。さらに、第三のタイプとして、イタリアやオーストラリアのように納税者番号そのものが存在するケースもあります。税務のほか、医療や社会保障に関する業務にも用いられています。
このように、方式の違いは別として主要先進国ではどこでも何らかの形で納税のための番号制度を採用しています。それに引きかえ、日本では役所のタテ割り行政の弊害で基礎年金番号と住民基本台帳番号(住基ネット)という同じような番号制度を2種類持っています。関係者は使用目的が違うからと言うかもしれませんが、国家的に見ると、屋上屋を重ねた行政の無駄の典型です。
費用の点から見ると、自治省(現在は総務省)の試算では、住基ネットの場合、システム稼動までに要する費用として384億円、システム稼働後、毎年要する費用として198億円を計上しています。
ですから、早急にどちらかに制度を統合して、国民が使いやすい、タテ割り行政を廃止した効率的なシステム作りが是非とも必要になります。現行の2制度を比較すると、年金番号の場合、未加入者や未成年者がもれてしまいます。番号制度としては、出生時に付番する住民基本台帳番号の方が精度が高いと言えましょう。
今後、少子高齢化社会では、国民背番号制度は単なる課税目的だけでなく、社会福祉、年金、医療、少子化政策にも広く利用価値があります。給付付き税額控除の導入にも必要条件となります。また、金融サービスへの利用も可能となります。
毎年、システムの運営費として数百億円もの金がかかるのですから、早急に効率的な納税者背番号制を導入して、プライバシー保護のための法整備を行うべきです。
【参 考】給付付き税額控除
減税と給付を組み合わせて低所得者や子育て世帯などを支援する仕組み。所得が低く所得税(国税)
や個人住民税(地方税)が免除されている世帯にはお金を給付し、一定額以上の所得税などが課さ
れている世帯には、減税と給付を組み合わせて支援します。減税は計算上の税額から一定額を差し
引く税額控除方式を取ります。所得制限以上の中・高所得世帯は対象に入りません。
いずれも税務署が所得や家族構成などを把握する必要がありますが、税務署は所得税を納めていな
い所得者(夫婦・子供2人の世帯で年収325万円未満)の情報を持っていません。そこで、社会保険事
務所や地方自治体から情報提供を受ける必要があります。さらに制度の公正な実行のためには、給
付対象者の所得や保有資産を正確に把握する必要があります。